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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)2024号 判決 1952年6月21日

控訴人 原告 東海造船株式会社

訴訟代理人 向坂保治

被控訴人 被告 東海水産株式会社

訴訟代理人 長尾章

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金三十五万円及びこれに対する昭和二十六年一月十八日から完済にいたるまで年六分の金員を支払うべし。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人において金十万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において本件約束手形の支払地及び振出地はともに東京都とのみ記されているが、振出人の肩書住居である東京都中央区が法律上振出地であるとともに支払地とみなされるものである、本件手形振出人である被控訴会社取締役東京支店長浜口益治は商法第四十二条第一項により被控訴会社東京支店の支配人と同一の権限を有するものとみなされ、この手形振出行為は右東京支店の営業に関する行為であるからその手形振出行為は当然に被控訴人に効力を及ぼすものである、被控訴人の本件手形振出の事情は次のようである、すなわち被控訴人はその所有の船舶第二白百合丸をもつて訴外宝幸水産株式会社と漁業の共同経営をしていたところ、控訴人は昭和二十五年五月頃被控訴会社取締役東京支店長浜口益治の紹介により宝幸水産株式会社の依頼を受けて右第二白百合丸の修理及び附属伝馬船の建造をし同会社に対し修理代及び建造費合計約金四十八万円の債権を有するにいたつたが、同会社は内金十万円を支払つたのみで残額の支払をしないので控訴人は右浜口に交渉の末、被控訴人において前記の立場上右宝幸水産株式会社の前記残代金を立替支払うこととし、その支払方法として本件手形を振出したものであつて、被控訴人主張のように原因関係のないものではない、仮りに本件手形が右宝幸水産株式会社の債務を立替支払うためのものでなく、いわゆる融通手形であるとしても、控訴人は本件手形の振出を受けると引換に同日、金額、満期は本件手形と同一で支払場所を清水銀行袖師支店とした約束手形一通を被控訴人を受取人として振出し、即日これを被控訴人に交付したものであつて、被控訴人はこの手形を訴外中央信託銀行株式会社に割引のため裏書譲渡しその割引金を取得したものであつて、控訴人は後に右中央信託銀行株式会社からこの手形により請求を受けその支払を了しているのであつて、本件手形振出になんらの対価関係がないというのは失当であると述べ、被控訴代理人において、本件手形は手形の形式的要件を欠き無効である、すなわち右手形の振出地及び支払地はともに単に東京都とだけ記載してあつて最小独立行政区画の記載がない、もつとも振出人の肩書住所の記載があるが、これは振出当時は存在しなかつたのを何人かゞその後勝手に記入したもので無効である、また本件手形振出名義人である被控訴会社取締役東京支店長浜口益治は当時本店から手形振出行為を厳禁されて居りその権限がなかつたものであり、そのことは控訴会社の専務取締役西村安夫においても承知の上本件手形を取得したものである、本件手形はいわゆる融通手形であつて当事者間にはなんら対価関係を有するものではない、本件手形振出の際被控訴が人控訴人主張の約束手形一通の振出交付を受け、これを中央信託銀行株式会社に割引のため裏書譲渡しその割引金の交付を受けたことは認めるが、右手形は被控訴人が控訴人に売渡した一二〇馬力デイーゼルエンジンの代金の支払のために取得したもので、本件の手形とは関係がない、仮に右手形も融通手形でこれと本件手形とを交換したものであるとしても、控訴人の振出した右手形によつて被控訴人が他から割引を受け、その手形の決済を控訴人がしたことによつて、被控訴人に不当利得の問題を生ずることのあるのは格別として、本件手形自体については被控訴人は控訴人に対してなんら支払の義務はないものであると述べた外、原判決に事実として記載されたところと同一であるからこゝにこれを引用する。

立証として控訴代理人は甲第一号証の一、二、同第二、第三号証を提出し、当審における証人西村安夫、同中沢恭太郎の各証言を援用し、乙第一号証の成立は知らないと述べ、被控訴代理人は乙第一号証を提出し、原審における証人上久治平、同浜口益治、同桜井大吉の各証言を援用し、甲第一号証の一の成立は否認する、同号証の二、同第三号証の各成立は知らない、同第二号証の成立は認めると述べた。

理由

訴外浜口益治が被控訴会社の取締役でかつその東京支店長であつたことは当事者間に争なく、原審における証人浜口益治、当審における証人西村安夫の各証言及び甲第一号証の一の記載によれば、右浜口益治は被控訴会社取締役東京支店長という資格を表示してその名義をもつて昭和二十五年十月二十九日控訴人を受取人とし金額三十五万円、満期昭和二十六年一月十五日、振出地支払地ともに東京都、支払場所神戸銀行東京支店という約束手形一通すなわち甲第一号証の手形を振出人の肩書住所地の記載をせずその記載を受取人に一任して振出し、控訴会社専務取締役西村安夫は右手形の交付を受けて振出人の肩書住所として「東京都中央区日本橋室町二丁目一番地」と記載したものであることを認めることができる。これによれば右手形の支払地及び振出地の記載はいずれも単に東京都とあるのみで不十分であるけれども、手形法の規定によつて振出人の名称に附記された東京都中央区において振出されたものとみなされ、かつ特別の表示はないから(支払場所たる神戸銀行東京支店は東京都中央区内に存在することは被控訴人の明らかに争わないところである)右同所が支払地とみなされるべきものであつて、約束手形の要件に欠けるところはないといわなければならない。

しかるに被控訴会社には当時他に会社を代表すべき代表取締役があり、右浜口益治は取締役としては被控訴会社を代表すべき権限がなかつたことは当事者間に争ないところであるから、右浜口の本件手形振出行為が被控訴会社に効力を及ぼすものであるかどうかについて検討すると、右浜口は被控訴会社の東京支店長であり、この東京支店長という名称は被控訴会社東京支店の営業の主任者たることを示すものと認めるのが相当であるから、同人は被控訴会社東京支店の支配人と同一の権限を有するものとみなされるところであり、手形の振出は右東京支店の営業に関する行為と認めるのが相当であるから、相手方控訴人が悪意でない限り、右手形振出行為は被控訴人にその効力を及ぼすものというべきである。被控訴人は右浜口は東京支店長としても本店の許しなく手形振出行為をする権限がなかつたものであり、控訴人はこれを知つて本件手形を取得したものであると主張するところ、前記証人浜口益治の証言及びこれにより成立を認めるべき乙第一号証の記載によれば、当時被控訴会社は本店支店の各従業員に対して代表取締役の承諾しない手形の振出行為は一切これを禁止して居り、本件約束手形も右浜口において代表取締役の承諾を得ないで振出したものであることはこれをうかゞい得られるところであるけれども、この事実を控訴人が手形取得の際知つていたことについては、この点に関する右証人浜口益治の証言は、後記認定の本件手形振出の事情にてらし、容易に信用できず、その他にこれを認めるべき的確な証拠はないから、被控訴人としては右浜口に被控訴会社を代理して手形を振出す権限のなかつたことをもつて、その責任を免れることはできない。

しかして右甲第一号証の裏面、真正に成立したと認めるべき同号証の二の各記載及び右証人西村安夫の証言によれば、控訴人は昭和二十五年十一月二十日訴外株式会社清水銀行に、同銀行はさらに昭和二十六年一月十二日株式会社帝国銀行に、それぞれ取立委任のため本件手形を順次裏書譲渡し、右帝国銀行は満期の翌々日たる昭和二十六年一月十七日支払場所に右手形を呈示して支払を求めたが支払を拒絶されたので、右帝国銀行はこれを控訴人に返還し、控訴人が現にその所持人であることを認めることができる。

被控訴人は本件手形は、右浜口において自分の都合上控訴会社の専務取締役西村安夫と馴合で振出したもので、被控訴会社としては手形振出の実体関係なく、手形原因を欠くものである、仮にそうでないとしても、本件手形は控訴人に金融を得させるために振出したいわゆる融通手形であつて、その間なんらの対価関係もないものであると主張する。これに対し、控訴人は本件手形は、訴外宝幸水産株式会社が控訴人に対して負担する船の修理代及び建造費の残額約三十八万円の債務につき、被控訴人において右訴外会社のため立替支払を約しその支払方法として振出されたものであると主張するところ、前記証人浜口益治、同西村安夫の各証言、右証人西村の証言により成立を認めるべき甲第三号証の記載に本件口頭弁論の全趣旨をあわせてみると、被控訴人はかねてその所有の船舶第二白百合丸をもつて訴外宝幸水産株式会社と漁業の共同経営をしていたところ、控訴人は昭和二十五年五月頃右浜口益治の紹介により右訴外会社から右第二白百合丸の修理及び附属伝馬船の建造方を請負い、その報酬金は右訴外会社において支払うこととして、その頃右修理及び建造を終えてこれを同会社に引渡し、その報酬金合計約四十八万円の債権を有するにいたつたが、同会社は内金十万円を支払つたのみでその余の支払をしないので、控訴人は諸支払にも差支えるにいたり、控訴会社専務取締役西村安夫はその解決方につき右浜口に交渉し、被控訴人において右債務を立替え支払うことを求めたけれども、右浜口は右債務はもつぱら宝幸水産株式会社が支払うべきものであるとしてこれを承諾しなかつたが、控訴人の窮状に同情し、控訴人に金融を得させる目的で本件約束手形を振出し交付したものであることを認めるに十分であつて、本件手形はいわゆる融通手形であることは明らかである。

ところで、右の事実関係からいえば、被控訴人は手形上の義務がないとみられるのであるが、控訴人は、なお、本件手形の振出交付を受けた際、これと引換えに、控訴人同日振出の本件手形と同一金額同一満期の約束手形一通を被控訴人に交付し、被控訴人はこの手形を訴外中央信託銀行株式会社に割引のため譲渡してその割引金を取得し、控訴人は手形所持人から請求を受け、振出人として支払を了しているものであるから、被控訴人は結局対価を得たわけであると主張する。この点について検討するに、被控訴人が本件手形振出の際控訴人主張の手形一通の振出交付を受け、これを中央信託銀行株式会社に割引のため譲渡しその割引金を取得したことは、被控訴人の認めるところであり、右証人西村安夫、当審における証人中沢恭太郎の各証言によれば、右控訴人振出の手形は本件手形と引換えに振出されたもので、当時控訴人には被控訴人に対し独立して負担する格別の債務はなかつたが、被控訴人がこれを中央信託銀行株式会社で割引くについてはそれが商業手形であるような外観を作るに便宜を与えており、被控訴人が割引を得た後は、控訴人は振出人としてその請求を受けこれを支払つていることが認められる(右証人中沢恭太郎は右手形は控訴人の被控訴人に対して負担する商品代金債務の支払のため振出された商業手形であると供述するけれども、手形割引により金融を受ける者は手形が融通手形であることを明示することなく、むしろいわゆる商業手形であるように見せかけることは、よくあることであるから、右証言はもとより右認定を左右するものではない)。以上の事実と前記認定の本件手形振出にいたる経緯及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、控訴人は被控訴人振出の本件手形によつて金融の便宜を与えられるとともに、これと引換えに自己振出の前記手形を被控訴人に交付し、被控訴人がこれによつて金融を得ることを承認したものと認めるべきものであつて、本件手形と右手形とは相互に対価関係に立つものと認めるのを相当とする。右認定をさまたげる特別の事情は本件において発見できない。

しからば被控訴人が控訴人振出の右手形によつて金融を得、控訴人が振出人としてその支払を了した以上、右手形につき単に被控訴人に不当利得の問題を生ずるのみに止まることなく、控訴人は、本件手形につきその対価を取得したものと解すべきであつて、単に融通手形であることの故をもつて振出人としての責を免れることを得ないというべきである。

しからば被控訴人は控訴人に対し右手形金三十五万円及びこれに対する呈示の日の翌日である昭和二十六年一月十八日から完済にいたるまで手形法所定の年六分の利息金を支払うべき義務あることは明らかであり、これを求める控訴人の本訴請求は理由がある。これと反対に控訴人の請求を棄却した原判決は失当であるからこれを取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 薄根正男 判事 浅沼武)

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